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医師を目指す方へのメッセージ

公立藤岡総合病院

公立藤岡総合病院医学部医学科を目指す高校生の職場体験セミナー

 今年も、将来医学部への進学に意欲を持っている高校生を対象としたセミナーを開催しました。10名参加した生徒さんが、なぜ医師を目指したいのかについて一言ずつ話してくださいました。共通して「人のためになるやりがいがある仕事をしたい」「家族のだれかが病気をして医療に興味をもった」などが多い言葉でした。 実に順当な答えで何ら異論を差しはさむ余地はありません。高校生の段階から、他人の健康のために努力し貢献したいとすでに決意をしている、少なくともその方向へ関心をもっていることに敬意を表したいと思います。しかし一方で、こうした回答は入学試験の面接用に用意された定型文のような響きがあり、どこか信憑性が薄く感じられるのも事実です。心の底から、この学問、この職業を生涯の進路として選びたいと考えていれば立派ですが、そこまでの覚悟をしている人はどれだけいるのでしょうか。世間に棲息していくための一つの衣装として医療者を選んだと正直に言っていただく方がまだ説得力があるかもしれません。高校生にそこまでの思い切りや割り切りを求めるのは本来無理かもしれません。むしろ、この時期はもっと自己中心的で、盲目的で、試行錯誤をしながら、自分の特性や資質に最も適したものを選ぶ過程にあってもよいのではないかと、あるいはそれが自然なあり方なのではないかと思います。急いで医者と決めない方が良いのではないですか、本当に面白い学問であり、魅力的な職業だと思いますかと意地悪な質問をしてみたくもなります。
 わが身の高校生時代を顧みると、勉学に励むことは好きでしたが、何に向かって頑張っているのか、将来の職業像もまったく思い描けませんでした。同級生に医学部を志望するものは多くいましたが、この自分が他人の肉体の不調や心の闇に分け入ることを生業とすることは、まったく想像できないことでした。その上、自分の進路はまだ決まらないけれども、大勢がこぞって目指す医学部は人から勧められても選ぶまいとすら思ったものです。単に奥手の天邪鬼にすぎなかったのかもしれません。長い回り道をして現在のところ医師をしているので、何故こうなったのかと問われれば、私自身も「多少は人のためになっているのがやりがいです」と答えることになり、時間を要した割にはこれもまた陳腐な定型文です。そもそもすべての職業は(反社会的なものでない限り)必ず誰かのためになっているはずですからこれでは何故に対する明確な答えになっていませんね。
 憚りながら我々が銘記したいことはおよそ以下の通りです。医学や医療の進歩は止むことがないため、謙虚に学ぼうとすれば、この世界の奥深さは果てしなく、目標の遠さに茫然とするかもしれません。しかし、人類の英知の結晶を学び、あるいは創造に参加して、技を磨き、病気に苦しむ人にその成果を届けられる歓びは大きいと思います。一方で、人間の命が有限であることは、どんなに科学や医学が進歩しても動かしがたい事実です。医療は、避けられない命の終焉を前にしてなお物語を紡ぎ続ける人々に接する場面の連続です。逝きつつある人々の哀しみや諦めに静かに寄り添うことができなければ、私たちの仕事は、傲慢で、独善的なお節介に陥る危険が常にあることを忘れてはなりません。これから医師を志望する人は、学問と人生と社会を深く知り、時間をかけて幾重にも鍛えた鋼のように、鋭利なだけでなく、粘りとしなやかさと丈夫さを備えた医師をめざして心身の鍛錬を行ってほしいと思います。

副病院長: 塚田義人

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