公立藤岡総合病院
懸命の治療も空しく、残念ながら患者さんがお亡くなりになった場合に、ご家族に承諾を得て、病態の解明を目的としたいわゆる病理解剖を行う場合があります。数か月後に最終的な病理診断がなされると、ご家族にお礼とともにその概要を書簡でお知らせすることにしているのですが、それにまつわる話です。こんな手紙をご遺族に書きました。
拝啓
寒さが日増しに強くなっていく季節ですが○○様におかれましてはお元気で御活躍のことと拝察いたします。突然のお手書きで驚かれるかと思いますが、私は、約14年前に御尊父の○○□□様の診療を大学附属病院に勤務していた時代に担当したものです。現在は同じ県内の病院に勤務しております。
○○さんは、多彩な病態を呈しながらも残念ながら診断の糸口がつかめず、有効な治療も行えないままに残念ながらお亡くなりになりました。病理解剖の承諾をいただいたものの、その最終結果からも病像がくっきりと浮かび上がったとは言えませんでした。その際のご報告も大変歯切れの悪いものになってしまいました。ご本人はもとよりご家族の方の無念はいかばかりであったかと思います。私も、その後の約14年間、折に触れてはあの症例は一体何であったのかと悔しい思いを反芻しておりました。
ところが本年12月に、ある学会に出席したおり、偶然「△△症候群」が最近あらたな疾患単位として提唱されていることを知り、ふと○○さんの病歴を思い出しました。さっそく文献を当たってその概要を学んでみますと、まさにこの疾患概念こそ○○さんの症例と酷似するものであることに驚きました。 ——-中略——-
疾患概念は確固不動のものではありません。新規の病態指標が発見されると、新しい診断名が提唱され、誰もがすぐに診断できるように普及し、既存の診断分類が見直されることが繰り返されます。○○さんの病気も、あるいはさらに未知の病態である可能性も残りますが、少なくとも何らかの炎症性サイトカインのストームによる全身性疾患であったことは確実であり、現時点では△△症候群、もしくはそれに近縁の疾患である可能性が高いと思います。
以上が、○○□□さんの診断についてのまことに遅ればせながら私なりの解答です。もしもご本人の奥様がご存命であればこれらの経緯をお伝え下さることで、長年の深い霧が幾分かでも晴れるのではないかと存じます。歳末に当たりご尊父の冥福を改めてお祈りするとともに、○○さんのご健勝を祈念いたします。
敬具
詳細な病理所見や、希少な疾患の診断名を医療に関係しない一般の方にわかりやすく説明するのは至難のことですが、肉親を亡くした直後のつらさに耐え、解剖に応じてくれた返礼に最終診断名をお伝えすることで病理解剖は完結すると思います。報告書は、我々医療者にとっては貴重な経験の記録であり、新たな知見への契機であることはもちろんですが、同時に故人への供養でもあります。最終診断名は、患者さんが安らかに成仏できるための「医学的戒名」であるかもしれません。偶々、患者さんのご長男は医師でした。返事としていただいた手紙に「医学の進歩は医療に携わる我々に、ともすれば困惑する事実を明らかにします。私の父の例も、その仲間入りをすることになりました。今回のことは、さらに医学が進歩するにつれ、私の心の中により深く、新たな感慨を引き起こしていくことになると思います。」と綴られていました。